2022/11/26

聖功女中で味噌づくり講座

聖功女中という台南のカトリック系女子高校の保護者の方々、およそ70名が集まる場で、味噌づくり体験講座を開きました。材料は家族に送ってもらった日本製米こうじ、台湾産の大豆、地中海の塩の三つのみ。一人500gずつ持ち帰っていただくべく、前日に大量の大豆を水にひたし、当日の朝自宅で3時間茹で、車で運んでいきました。台湾では味噌汁や鍋など、味噌を使った料理はよくありますが、こうじがあまり売っていないのもあり、自分で作ったことがある人はごくわずか。みなさんとても積極的に、楽しんで参加してくださいました。 在聖功女中舉辦手作味噌體驗營。這次要讓70位媽媽們製作500g的味噌,我前天在家裡把大量的台灣黃豆用冰桶泡水,當天早上用大鍋子煮3小時,常常用木棒攪拌,再帶過去。大家先把黃豆磨碎,用義大利海鹽、日本米麴和剛剛煮豆的水依照比例混合,裝入杯子,密封。一個月後拿出來攪拌,差不多三個月後就可以吃了。大家都參與得非常積極,又很愉快,我成就感也很大。

2022/11/23



 小琉球の見どころの一つは、海蝕作用による独特のフォルムをもつ花瓶岩。根元がますます細くなっているのではないかと少し心配でした。9年前に訪れた時の写真と比べてみると、多少は変わっているように見られます。

  時隔9年來到小琉球,我想知道「花瓶岩」的根部是否因海蝕作用變得越來越細,跟之前的照片比一比,好像有一點。

2022/11/21

ウミガメの生息地・小琉球



台湾本島西南の町・東港から船で25分の距離にある離島、小琉球は、小島ながら多くの海洋生物が見られます。なかでも見ごたえがあるのがアオウミガメで、この日は漁港に住んでいる巨大なアオウミガメを、目と鼻の先で観察することができました。   土生土長的小琉球人・蔡正男先生,經營「正好友生態環保旅店」的同時,長年記錄小琉球的海陸生態、以及從事環境教育。我問他在哪裡可以看海龜,他說到處都可以看。然後帶我去幾個地方,不到30分鐘就找到7、8隻綠蠵龜。我可能是第一次看到野生的海龜,而且在很近的距離仔細觀察,很感動!想看海龜的人,找他就對了。

2022/11/20

パイワン族の結婚式で耳にした「瀬戸の花嫁」

おとといの夜、禮納里(リナリ)集落の瑪家村に泊まったおり、村長さんから、この週末に頭目の長女と村の男が結婚するので盛大な儀式が開かれると教えてもらい、見に行ったところ、たいへん華やかなダンスとブランコの儀式を見ることができました。しかも「瀬戸の花嫁」まで歌われていて。感動し、少しばかりのご祝儀も包ませていただきました。お幸せに!

前天晚上住在禮納里部落瑪家村,村長跟我說:這週末頭目的公主跟村裡的男生結婚,婚禮辦得特別盛大,等一下會有跳舞,明天還有搭鞦韆等儀式,有空去看看。我很幸運,看到非常華麗、壯觀的圓舞和鞦韆活動。也聽到老歌「瀬戸の花嫁」(愛的禮物)。心裡很感動,我也把一個小小的紅包送給他們。祝福幸福美滿!

2022/11/17

パイワン族の伝統建築群、老七佳集落

屏東県春日郷の山間部にある老七佳(ラオチージア)集落。一般人立入禁止区域で、参観には一週間前に予約が必要。石板造りのパイワン族伝統家屋が50棟ほども残っており、電気も水道も通っていませんが、今も人が暮らしています。息を呑むほどの迫力と美しさ。送迎とガイドをしてくれた淑美さんは「老七佳石板屋聚落文化協會」理事で、たいへん博識な方。ご自宅内をふくめ、村中を丁寧に案内してくださいました。一人あたりの費用は送迎・食事つき1300元で、金額は全て協会を通し、建物のメンテナンスや、食事をつくってくれる住民の方へのお礼に使われます。台湾の法律で、協会の理事は無報酬と定められており、淑美さんのお仕事は、愛と情熱がなければできないことです。問い合わせ、予約は電話0983-582370(華語)まで。


2022/10/27

Yahoo!ニュースにコラムが転載

(Yahoo!へリンク)「台湾で法廷通訳者になってみたー多元社会を支える仕事」

先日nippon.comに寄稿した法定通訳をめぐるコラムが、Yahoo!にも転載されました。

上次寫的有關台灣法院通譯的專欄,日本Yahoo!網站也有轉載。

2022/10/25

短編映画『最後的日軍』

Youtubeへのリンク『最後的日軍』

台南の友人、映像クリエイターの陳友志さんが制作された短編映画『最後的日軍』(The Last Japanese Soldier)。主人公が演じるのは、太平洋戦争中から1974年までインドネシア・モロタイ島のジャングルで潜伏生活を続けた台湾台東出身、原住民アミ族のSuniuo氏(日本名 中村輝夫)。
私も最後に声で出演しています。

台南的影像創作者陳友志先生製作的電影《最後的日軍》。主角飾演的人是從太平洋戰爭一直到1974年在印尼・摩羅泰島的叢林生活的阿美族人Suniuo先生(日本名:中村輝夫)。我也用聲音參與到。