2020/07/24

キナの木を探して/尋找金雞納樹(1)

 極めて稀少な「キナ」という木をこの目で見るべく山に登ってきました。南米アンデス山脈の標高千から三千メートル地帯にへばりつくように生えていたこの植物を、1630年代にイエズス会の宣教師がヨーロッパへ持ち帰り、のちにイギリス人がインドに、オランダ人がジャワに移植し大量栽培しました。台湾へは19世紀後半ウイリアム・キャンベル牧師によって持ち込まれ、南投・埔里に植えられたのが最初の記録です。
  日本統治期の1910年代には中央山脈の高地で栽培が試みられましたが、台風や霜により大半が枯れ死。1920年代になって京都帝国大学が高雄州六亀(標高約750メートル)でようやく栽培に成功し、1938年には72万本にまで増えました。
 キナ栽培にどうしてそこまで心血が注がれたのでしょうか?それはこれがマラリア治療薬「キニーネ」の原料だったから。かつて長い間台湾ではマラリアが死亡率の一位を占めていました。台湾総督府はマラリア流行地域での採血―検査―陽性患者へのキニーネ投与治療を無償で大規模に行うなど、様々な施策を行い、1906年には人口1万人あたり35人を超えていたマラリア患者の死亡率が1930年には6.7人にまで下がったと記録されています。

 四百年前から珍重されてきた「聖薬」キニーネを産するキナの木を見るべく訪れた高雄市六亀の扇平生態園区は、本来15人以上で事前申請しなければ入山できないのですが、今回は六亀研究センターに22年間勤めておられる林先生のご厚意で特別に案内していただきました。
 1914年築の木造家屋の前に車を停め、林先生の先導で原住民パイワン族・ルカイ族風の平たい石を斜めに積み重ねた石垣に沿って森の中の小径を登ってゆくと、とうとうキナのご尊顔を拝しました。地球の裏側の山岳から四百年かけてはるばる太平洋に浮かぶ島まで旅をしてきた、そして計り知れない数の人命を救ってきた植物を目の前にして、感慨もひとしお。
 ツヤツヤした大きな葉で、葉柄が赤っぽいのが特徴のアカキナノキ(Cinchona succirubra)です。更に進むと、同属のボリビアキナノキ(Cinchona ledgeriana Moens)もありました。葉が一回り小さくて、光沢もなく、林先生が教えてくれなければ同じキナ属とは信じられません。現在はこの二つの雑種も増えているそうです。
 何種かあるキナ属の中で、キニーネの含有量はボリビアキナノキが格段に多く、かつてオランダ人がジャワでこれの栽培を始めたばかりのころ、蜂がキナノキの異種間交配をするのに気づいて、あわてて他種の花を摘み取ったという話もあります。
 なお昔京都帝大の演習林だったこの土地には岡崎作業所・鳴海作業所・吉田作業所と呼ばれる作業場がありました。三河地方の出身者が多く住んでいたのかもしれません。






五枚目……『回憶 時光流影:六龜林業老照片集』より
六枚目…… 『人類五〇万年の闘い マラリア全史』(ソニア・シャー著、夏野徹也訳、太田出版)より

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   去山上尋找台灣極罕見的「金雞納樹」(規那樹)。它原本長在南美安地斯山脈海拔一千到三千公尺的森林裡。1630年代,天主教的宣教士把它帶回歐洲,後來由英國人移植印度,也由荷蘭人移植爪哇。
  1871年來台灣傳教的甘為霖(William Campbell)牧師首次把金雞納樹引進台灣,在埔里種植。
  日治初期(1910年代)官方推動在中央山脈的高地上栽植,但因受颱風或霜害大半枯死。
  直到1920年代,京都帝國大學在高雄州六龜栽培成功,1938年栽植數量增加到72萬顆。
  以前的人為何那麼努力栽植金雞納樹?因為它是瘧疾聖藥「奎寧」的原料。曾經在台灣,瘧疾是死因的第一位。日治時期醫療人員在流行地區透過大量的採血―檢查—免費投奎寧治療陽性患者。1906年瘧疾患者的死亡率是人口1萬人中35人,1930年就變成6.7人。
  「1911年至1944年間施行的各項抗瘧措施,堪稱台灣防瘧史上極令人讚佩的艱鉅工作,亦是全世界在同一時期,刪減的防瘧計畫之一」(行政院衛生署編《臺灣撲瘧紀實》)
 

  為了親眼看自從四百年前受到人類珍重的「聖藥」奎寧的原料「金雞納樹」參訪高雄六龜扇平生態園區,本來要事前申請而且需15人以上,但這次多虧在六龜研究中心工作22年的林老師的好意,特別讓我們進入。
  車子停在1914年建的木造日式家屋前的廣場,跟著林老師走進森林裡的小徑,沿著一堵排灣族・凱族族風格的石板垣上坡,終於拜見到金雞納樹的尊顏。
  曾經從地球背面兩千公尺的山岳上,花四百年的時間遠路旅行到太平洋上的這座島嶼,也解救過數不盡人命的植物就在眼前,感懷深刻。
  先看到的是葉子大,表面有光澤,葉柄帶點紅色的大葉金雞納樹(又稱紅金雞納樹),再走一會,又看到小葉金雞納樹。它葉子較小,沒有光澤,如果沒有林老師的教學,不會覺得它們是同一屬植物。聽老師說現在也有雜種。
  奎寧的含量大葉比不上小葉,據說以前荷蘭人在爪哇開始試種的時候,沒有注意到蜜蜂會把兩種交配,發現後很慌張的把所有大葉金雞納的花朵摘下來。
  附帶說,過去這塊京都帝大演習林有岡崎作業所・鳴海作業所・吉田作業所。「岡崎」「鳴海」「吉田」都是現在的愛知縣三河地方的地名,也許當時有從那邊來的移民們。三河內陸的地形也是像這裡般的深谷高山。